MIXが仕上がって、動画も作って、いよいよ投稿。ところが公開したものを再生してみると——「あれ、手元で聴いていたときより音が小さい」「なんだか音がこもって聞こえる」「歌が奥に引っ込んだ」。
これは歌ってみたを投稿している人のほとんどが一度は通る道です。そして多くの場合、MIXが悪かったわけでも、あなたの耳の錯覚でもありません。YouTube側で確実に起きている、2つの処理が原因です。
この記事では、その2つの処理が具体的に何をしているのかを説明したうえで、「では書き出しをどう設定すればいいのか」を数値で示します。さらに、症状から原因を逆引きできる表と、静止画1枚の動画を作る具体的な手順も載せました。3,000件以上の歌ってみたMIXをお預かりしてきた立場から、実際に相談の多い順に整理しています。
先に、いちばん大事なことを書きます。
つまり、戦うべき相手を間違えないことが大切です。「YouTubeは音が悪くなるから仕方ない」と諦めてしまう人が多いのですが、実際には対策できる部分のほうがずっと大きいのです。順に見ていきます。
YouTubeは、アップロードされたファイルをそのまま配信していません。世界中のあらゆる回線・端末で再生できるように、自社の形式に変換し直しています。
音声については、AACまたはOpusという圧縮形式に変換されます。視聴者に届く音声のビットレートは、おおむね128〜160kbps程度です。CDの音質(1,411kbps相当)と比べると、データ量としては10分の1程度になります。
「10分の1」と聞くと恐ろしく感じますが、この圧縮は人間の耳が気づきにくい情報から優先的に削るという設計になっています。1回だけ通すぶんには、集中して聴き比べてやっと違いが分かる程度です。
問題になるのは、ここに至るまでにすでに圧縮されている場合です。手元のmp3を動画に貼ってアップロードすると、mp3で1回、YouTubeで1回、合計2回の圧縮を通ります。1回目で削られた情報は戻らないまま、2回目の圧縮がさらに削っていくため、シンバルの響きやサ行の空気感がはっきりと痩せます。これが「こもって聞こえる」の最も多い原因です。
YouTubeは、動画ごとに音量がバラバラだと視聴者が困るため、再生時に音量を自動でそろえています。
基準となる値は、おおむね-14 LUFS前後とされています。LUFSというのは「人間が感じる音の大きさ」を測るための単位だと考えてください。ここで重要なのは、次の一方通行のルールです。
| アップした音源の音量 | YouTubeの処理 | 結果 |
|---|---|---|
| 基準より大きい(例:-7 LUFS) | 下げられる(約7dB) | 音圧を上げた努力が、再生音量には反映されない |
| 基準と同じくらい(-14 LUFS前後) | ほぼそのまま | 意図した音量で再生される |
| 基準より小さい(例:-20 LUFS) | 上げられない | 他の動画より小さいまま再生される |
ここが決定的です。大きい音は下げられますが、小さい音は上げてもらえません。
この非対称性が何を意味するか。音圧を限界まで上げて書き出した場合、再生音量は結局下げられて基準に揃えられるのに、音圧を上げるために潰した音のダイナミクス(強弱)だけは戻ってこないということです。労力をかけて、失うものだけが残る状態になります。
逆に、音を小さくしすぎた場合は、そのまま小さく再生されます。前後に流れる他の人の動画と比べて明確に音量が小さく、「なんだか迫力がない」という印象になります。
この「音圧をどこまで上げるか」という話は、マスタリングの領域です。詳しくは歌ってみたにマスタリングは必要?MIXとの違いと音圧の正解と配信で埋もれない音圧の話【-14 LUFSとラウドネスの基礎】で扱っています。
「音が変わった」といっても、実際には症状によって原因がまったく違います。自分がどれに当てはまるかを、まずここで確認してください。
| 症状 | いちばん多い原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 音量が明らかに小さい | ラウドネス正規化で下げられている/そもそも書き出しが小さい | 詳細統計情報でcontent loudnessを確認。-14LUFS前後を狙って書き出し直す |
| 全体がこもる・シャリつきが消えた | 二重圧縮(mp3を動画に貼っている) | MIX納品されたwavを直接動画編集ソフトに読み込む |
| 歌だけ奥に引っ込んで聞こえる | MIX段階でのバランス。圧縮で伴奏の情報が減り、相対的に歌が埋もれる | ボーカルが埋もれる・こもる原因を参照。MIXの見直しが必要 |
| ザラつく・歪んで聞こえる | 0dBを超えている(クリッピング)。圧縮を通すとさらに歪みが増える。→ 音割れの原因と直し方 | 書き出し時のピークを-1.0dBTP以下に収める |
| 低音がボワつく/スマホで聴くと歌が消える | 再生環境の差。スマホのスピーカーは低音がほぼ鳴らない | スマホ内蔵スピーカーで必ず確認する。低域の整理はMIXで対応 |
| 左右のバランスが変わった | モノラル互換の問題。位相がずれた音は、モノラル再生で打ち消される | モノラルで再生して消える音がないか確認 |
| アップ直後だけ画質・音質が悪い | YouTube側の処理が完了していない(正常な挙動) | 数十分〜数時間待つ。慌てて再アップしない |
ここからは具体的な数値です。動画編集ソフト(Premiere Pro、DaVinci Resolve、Final Cut Pro、CapCutなど)の書き出し画面で、次のように設定してください。
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| 形式(コーデック) | AAC-LC、またはリニアPCM(非圧縮) | PCMが最良。AACなら下のビットレートを守れば実用上ほぼ差はない |
| ビットレート | 384 kbps(最低でも256kbps) | YouTubeが公式に推奨している値。ここを削る理由がない |
| サンプルレート | 48,000 Hz(48kHz) | 動画の標準。44.1kHzから変換されると余計な処理が1回増える |
| チャンネル | ステレオ(2ch) | モノラルで書き出すと定位が失われる |
| ビット深度(PCMの場合) | 24bit | 16bitでも実害は少ないが、24bitで問題は起きない |
| ラウドネス(目安) | -14 〜 -9 LUFS | -14で正規化を受けない。-9までなら実務上の許容範囲 |
| トゥルーピーク | -1.0 dBTP 以下 | 圧縮後にピークが持ち上がるため、余裕を持たせる |
| 項目 | 推奨値 | 備考 |
|---|---|---|
| 解像度 | 1920×1080(フルHD)以上 | 静止画1枚でもこの解像度で用意する |
| コーデック | H.264 | 最も互換性が高い。H.265でも可 |
| フレームレート | 24 / 30 fps | 静止画中心なら24fpsで十分 |
| ビットレート(1080p) | 8〜12 Mbps | 静止画ならこれで余る |
| コンテナ(拡張子) | .mp4 | 迷ったらmp4 |
| ショート用 | 1080×1920(9:16) | 縦向き。60秒以内 |
歌ってみたの多くは、イラスト1枚の静止画動画です。凝った映像がなくても、まったく問題ありません。手順を示します。
必要なのは2つだけです。①MIX納品されたwavファイル、②1920×1080以上の画像。画像は自作イラスト、依頼したイラスト、または使用許諾のある素材を使ってください。歌詞やクレジット(原曲名・作者名・MIX担当など)は、この画像に焼き込んでおくと後の作業が楽になります。
新規プロジェクトを1920×1080・24fpsで作成し、画像を配置します。画像の長さを音源の長さに合わせて引き伸ばしてください。ここでmp3ではなくwavを読み込むことが最重要です。「容量が大きいから」とmp3に変換してから読み込むと、この時点で二重圧縮が確定します。
曲の頭に0.5〜1秒、終わりに1〜2秒の余白を入れます。冒頭が詰まっていると、再生開始と同時に歌が始まって聴き手が構えられません。終わりの余白は、余韻(リバーブの残り)が切れないようにするためです。ここで音にフェードをかける必要はありません。MIX側で処理済みです。
音声384kbps・48kHz・ステレオ、映像H.264・1080p。書き出したファイルを一度自分で通して再生し、無音や途切れがないかだけ確認してからアップロードしてください。
投稿そのものの流れ(タイトル・概要欄・クレジット表記・公開設定)については、歌ってみた初投稿までの完全手順にまとめています。伸ばすための工夫は歌ってみた投稿を伸ばすコツを参照してください。
「本当に音量を下げられているのか」は、推測しなくても確認できます。
ここには「content loudness」という数値が出ます。この値が示しているのは、あなたの音源がYouTubeの基準からどれだけ離れているかです。
| 表示例 | 意味 |
|---|---|
| content loudness 0.0dB | 基準ちょうど。音量は変更されていない |
| content loudness +6.0dB | 基準より6dB大きいため、再生時に6dB下げられている |
| content loudness -4.0dB | 基準より4dB小さい。そのまま小さく再生される |
プラスの数字が大きいほど、音圧を上げた作業が無駄になっているということです。ここが+5dBを超えているなら、次回はマスタリング時のリミッターを緩める判断材料になります。
好きな歌い手の動画で同じことをしてみるのもおすすめです。伸びている動画が実際にどのくらいの音圧で投稿されているかが分かり、自分の基準が作れます。
上の設定をすべて守っても「思った音にならない」場合、原因はYouTubeではなくMIXの段階にあります。
圧縮という処理は、音を悪くするというより「元の問題を目立たせる」働きをします。もともと歌と伴奏の帯域がぶつかっていたり、低域が整理されていなかったりすると、情報が減った瞬間にその弱点が前に出てきます。手元で「まあ大丈夫かな」と感じていた曖昧さは、YouTubeを通すとはっきり露呈します。
よくあるのは次の3つです。
MIXそのものの考え方は歌ってみたMIXの基本に、自分でやるか依頼するかの判断はMIXは自分でやるべき?依頼すべき?にまとめています。
MIXをお預かりしていて感じるのは、多くの歌い手さんが「良いヘッドホンで聴いた自分の歌」を最終形だと思っていることです。しかし、実際に聴かれるのはYouTubeを通した音であり、スマートフォンのスピーカーです。
ここに大きなズレがあります。作業環境で完璧でも、届く場所で崩れるなら意味がありません。プロの現場で、わざわざ小さなモニタースピーカーやスマホで確認する工程を挟むのは、このためです。
投稿したあと、自分の動画をスマホで一度聴いてみてください。そこで「歌がちゃんと立っているか」だけを聴きます。もし埋もれているなら、それはMIXに残された課題です。その課題は、次の1曲で必ず改善できます。
選べません。YouTube側が自動で決定します。こちらができるのは「良い状態で渡すこと」だけです。だからこそ、渡す前の書き出し設定が重要になります。
音声だけのwavファイルはアップロードできません。YouTubeは動画ファイルを受け付ける仕組みだからです。ただし、静止画1枚の動画に非圧縮(PCM)のまま音声を入れて書き出せば、実質的に無圧縮の状態で渡せます。ファイルサイズは大きくなりますが、これが最良です。
考え方は同じですが、基準値が異なります。各サービスが独自のラウドネス基準を持っており、投稿先ごとに最適値は変わります。複数のサービスに同じ音源を投稿する場合は、-14 LUFS前後に合わせておくのが最も無難です。特定のサービスだけに最適化すると、他で不利になります。
ラウドネス正規化がある以上、音圧では差がつきません。差がつくのは「音の抜けの良さ」と「歌の存在感」です。同じ音量に揃えられたとき、はっきり聴こえるMIXとぼやけたMIXの差が、そのまま印象の差になります。音圧競争は、すでに終わった競争です。
できません。YouTubeは公開後の動画ファイル差し替えに対応していないため、同じURLのまま音を直すことはできません。だからこそ、公開前の確認が重要です。スマホでの試聴を必ず挟んでください。
設定は一度覚えれば、次からは書き出しプリセットとして保存しておけます。今日の10分が、これから投稿するすべての曲に効きます。
累計3,000曲のMIXで毎回確認している10項目を、自分で採点できる診断シートにしました。録り直しが必要かどうかを、送る前に自分で判断できます。宅録チェックシートと依頼文テンプレート集もセットです。所要15分、メールアドレスだけで受け取れます。
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