自分でMIXしてみた。音量バランスも取った。それなのに——歌が伴奏に負けて聞こえない。あるいは、なんだかこもっていて、遠くで歌っているように聞こえる。
この状態でボーカルのフェーダーを上げると、今度は「うるさいのに聞き取りづらい」という、さらに悪い状態になります。心当たりがある方は多いはずです。
この記事では、その原因を「録音の問題」と「MIXの問題」に切り分けたうえで、症状ごとの直し方を具体的な数値つきで解説します。使うのはEQ・コンプレッサー・リバーブという、どのDAWにも標準で入っている3つだけです。特別なプラグインは必要ありません。
まずここを分けないと、対処を間違えます。同じ「聞こえにくい」でも、原因も直し方も別物だからです。
| 症状 | 聞こえ方 | 主な原因 | 直す場所 |
|---|---|---|---|
| 埋もれる | 歌の存在は分かるが、伴奏に押し負けて言葉が聞き取れない | 音量差/周波数の取り合い/コンプ不足 | コンプ・EQ・オケ側 |
| こもる | 音量は出ているのに、布をかぶせたようにモヤっとしている | 低中域の膨らみ/高域不足/録音環境 | EQ・録音のやり直し |
| 遠い | 音量も明瞭度もあるのに、奥のほうで鳴っている感じ | リバーブのかけすぎ/プリディレイ0 | リバーブ設定 |
自分の音源がどれに当てはまるか、まず言葉にしてみてください。「なんとなく良くない」を「こもっている」まで分解できた時点で、作業の半分は終わっています。
MIXをいじる前に、ボーカルトラックだけを単独で再生(ソロ再生)してください。エフェクトはすべてオフにします。素の録音だけの状態です。
| ソロで聴いた印象 | 判定 | この記事で読む章 |
|---|---|---|
| 単独でもこもっている・鼻声っぽい | 録音の問題 | 第3章(特に原因④⑤) |
| 単独ではクリアなのに、オケと混ぜると聞こえない | MIXの問題 | 第4章・第8章 |
| 単独で語尾や息継ぎが極端に小さい | ダイナミクスの問題 | 第6章(コンプ) |
| 単独で聴くと妙に響いている | 部屋鳴りの問題 | 第3章の原因⑤ |
この切り分けをせずにEQをいじり始めると、直らないものを直そうとして延々と時間を溶かします。録音の問題は、MIXでは完全には直りません。 ここを最初に確定させることが、いちばんの時短です。
録音そのものを見直したい場合は 歌ってみたの録音のやり方 と MIX前の下準備チェックリスト が土台になります。
こもりの正体は、ほとんどの場合高域が足りないことではなく、低中域が多すぎることです。この帯域は声の「厚み」を作る場所ですが、多すぎると「ボワつき」「モコモコ」に変わります。
探し方(スイープと呼ばれる手順):
ポイントは削りすぎないことです。-6dBも削ると声が痩せて、今度は「細い」「薄っぺらい」と感じるようになります。少し削ってオケと混ぜて聴く、を2〜3回繰り返してください。
歌声にとって80Hz以下はほぼ不要です。そこにあるのは、エアコンの低い唸り、机の振動、マイクスタンドに伝わった足音といったノイズだけです。
ボーカルEQの左端で80〜120Hzのローカットをかけてください。男性なら80Hz前後、女性なら100〜120Hz前後から始めるのが目安です。かけた瞬間に「軽くなった=抜けが良くなった」と感じるはずです。低音が減るのに明るく聞こえるのは、余計な低域がマスキング(覆い隠すこと)をやめるためです。
①②をやってもまだ暗い場合に、ようやく高域を足します。10kHz付近のシェルビングで+1〜3dB。これは「空気感」と呼ばれる成分で、声の生々しさを作ります。
ただし上げると同時に、息の音・リップノイズ・サ行の刺さりも大きくなります。上げてから耳が痛いと感じたら、サ行の刺さり(歯擦音)の対処とブレス・リップノイズの処理をあわせて行ってください。
ここからは録音の問題です。マイクから離れすぎると、部屋の反響のほうが多く入ってこもります。逆に近すぎると近接効果で低域が過剰になり、これもこもりの原因になります。
目安はこぶし1つ〜1.5個分(15〜20cm程度)。またコンデンサーマイクは側面ではなく正面(アドレス面)で拾う機種が多く、向きが90度ずれているだけで一気にこもります。マイク選びと設置については マイクの選び方 を参照してください。
フローリング・ガラス窓・何も置いていない壁。この3つが揃った部屋では、声より先に反射音がマイクに入ります。ソロ再生したときに「風呂場っぽい」と感じたらこれです。
これはMIXでほぼ直せません。厳密には残響を後から取り除く処理は存在しますが、副作用として声そのものが不自然になります。クローゼットの中で録る、毛布を後ろに垂らす、といった簡易的な吸音のほうがはるかに効果的です。自宅録音とスタジオ録音の違いもあわせてどうぞ。
歌は、楽器のなかでもとくに音量差が激しいパートです。サビの張った声とAメロの語尾では、10dB以上の差が出ることも珍しくありません。
この差を残したまま「サビでちょうど良い音量」に合わせると、Aメロは伴奏に完全に負けます。逆に「Aメロでちょうど良い」に合わせると、サビが爆音になります。どちらに合わせても破綻するので、コンプレッサーで差を縮めるしかありません。 詳しくは第6章で扱います。
ボーカルが言葉として聞き取れる帯域は、おおよそ2〜5kHzです。ところが、この帯域はエレキギター・シンセリード・スネアのアタックなども使っています。全員が同じ場所に立っている状態です。
ここでボーカルを上げても、全員が大声になるだけで解決しません。やるべきは、伴奏側をわずかに下げることです(第8章で詳しく)。
ボーカル・ベース・キック・スネアは、通常すべて中央(センター)に配置されます。中央は最も混雑する場所です。
手っ取り早い改善は、伴奏側のギターやシンセを少し左右に広げること。中央の混雑が減るだけで、ボーカルの居場所ができます。あわせてダブリング(重ね録り)を左右に配置すると、メインボーカルが中央で際立ちます。
配布されているオフボーカル音源は、すでに音圧を上げきった完成品であることがほとんどです。つまり、その上に何かを乗せる余白がありません。
この場合、ボーカルを上げるのではなくオケ全体を-3〜-6dB下げてからバランスを取り直してください。最終的な音量はマスタリング段階で戻します(配信サービスのラウドネス基準)。オケを下げることに抵抗を感じるかもしれませんが、これは正しい手順です。
録音レベルが極端に低いと、ノイズと歌の差(S/N比)が小さくなります。この状態で音量を上げると、ノイズも一緒に上がって「うるさいのに聞こえない」になります。
録音時のピークは-12dB〜-6dBあたりを目安に。0dBに当てる必要はまったくありません。詳しくはDAWでの録音設定とオーディオインターフェースの使い方へ。
迷ったときに戻ってくるための表です。数値は出発点であり、正解ではありません。 声質と曲によって最適値は変わります。
| 帯域 | その音が担うもの | 多すぎるとき | 足りないとき |
|---|---|---|---|
| 〜80Hz | ほぼノイズ(歌には不要) | もたつく・濁る | ―(カットでOK) |
| 100〜200Hz | 声の芯・太さ | 重い・鈍い | 細い・貧弱 |
| 200〜500Hz | 厚み | こもる・ボワつく | 痩せる・薄い |
| 800Hz〜1kHz | 中域の密度 | 鼻づまり感・箱っぽい | 実体感がない |
| 2〜5kHz | 言葉の明瞭さ | 硬い・耳に痛い | 埋もれる・遠い |
| 5〜8kHz | サ行・子音のキレ | 刺さる・シャリつく | ぼやける |
| 10kHz〜 | 空気感・艶 | ノイズが目立つ | 暗い・古い音 |
「コンプは音を潰すもの」というイメージがあるかもしれませんが、歌ってみたにおけるコンプの役目は小さい声を聞こえるようにすることです。
大きい部分を抑えて(圧縮して)、そのぶん全体を持ち上げる。結果として、Aメロのささやくような語尾も、サビの張った声も、どちらも伴奏の上に出てきます。
| パラメータ | 出発点の目安 | 意味 |
|---|---|---|
| スレッショルド | -18〜-12dB | ここを超えた音を抑える境界線 |
| レシオ | 3:1〜4:1 | どのくらい強く抑えるか |
| アタック | 5〜15ms | 速すぎると子音が消えて逆にこもる |
| リリース | 60〜150ms | 曲のテンポに合わせて調整 |
| ゲインリダクション | 常時-3〜-6dB程度 | メーターがこのくらい振れていればOK |
アタックを速くしすぎないのがポイントです。1ms以下にすると、言葉の頭の子音(「か」「た」「さ」の出だし)まで潰れてしまい、明瞭度が落ちます。これは「こもり」として知覚されます。コンプでこもらせるという、よくある失敗です。
1台で足りない場合は、軽いコンプを2台直列にすると自然です。1台目で-3dB、2台目で-3dB。合計は同じでも、1台で-6dB潰すより副作用が少なくなります。
リバーブは「上手く聞こえる魔法」ではなく、音を奥に押しやる道具です。かければかけるほど、歌は後ろに下がります。
プリディレイとは、原音が鳴ってから残響が始まるまでの時間です。ここが0だと残響が声に張り付き、輪郭がぼやけます。20〜40ms離してください。声の芯は前に残り、余韻だけが後ろに広がります。この一手だけで「近いのに広い」が作れます。
リバーブの返り(センド先)に200Hz以下のローカット、8kHz以上のハイカットを入れてください。低域の残響は濁りの原因、高域の残響は霧の原因です。中域だけの残響にすると、量は同じでもクリアに聞こえます。
「リバーブが聞こえる」状態はかけすぎです。リバーブをオフにしたときに「あれ、寂しい」と感じる程度がちょうどよい量です。設定の詳細はリバーブの使い方にまとめています。
ここが、自分でMIXする人とエンジニアの発想がいちばん分かれるところです。
初心者の方は、ボーカルが聞こえないときボーカルを上げます。 エンジニアは、オケを下げます。
なぜか。音の聞こえやすさは絶対的な音量ではなく、まわりとの相対関係で決まるからです。ボーカルを上げても、オケを下げても、相対関係の変化は同じ。しかし前者は全体の音量が上がって歪みに近づき、後者は余裕が生まれます。
もし使えるなら、オケのトラックにダイナミックEQを挿し、ボーカルをサイドチェイン入力にするのが最も効率的です。2〜4kHz付近を、ボーカルが鳴っているあいだだけ-2〜-3dB下げる設定にします。
これで、歌っている瞬間だけ伴奏が一歩下がり、間奏では元に戻ります。手作業では作れない自然さが出ます。
オケのEQで3kHz付近を-1.5〜-2.5dB、幅広く削ってください。常時削ることになりますが、この程度ならオケ単体で聴いても違和感はほとんど出ません。削る量は「気づかない程度」で十分です。 -6dBも削ると伴奏が別物になります。
ノートPCの内蔵スピーカーや、低音を強調するタイプのイヤホンで判断していませんか。MIXは、聴いている機材の癖をそのまま反映します。 低音が強く出る機材で作ると、低音を削りすぎたMIXになります。
最低限、2種類以上のデバイスで確認してください。イヤホン+スマホのスピーカー、でも構いません。スマホのスピーカーは低音がほぼ出ないため、「中高域だけで言葉が聞き取れるか」の確認に非常に有効です。
同じ曲を30分以上いじり続けると、耳は必ずその音に順応します。こもった音を聴き続けると、それが普通に聞こえてきます。
15分に一度は無音の時間を作り、市販の楽曲を1曲挟んでから戻ってください。 戻った瞬間の第一印象が、いちばん正確です。この「第一印象」をメモしておくと、翌日の作業が速くなります。
オフボーカル音源をボーカル除去ツールで自作した場合、伴奏の中央に穴が空いていたり、高域がにじんでいたりします。この状態では、何をしてもすっきりしません。心当たりがある方はオフボーカル音源の入手方法で公式音源を探し直すほうが早いです。
正直なところを書きます。この記事の内容をひと通り試して直らないなら、それは技術ではなく判断の問題です。
MIXで難しいのは、EQの操作方法ではありません。「今この音源に足りないものは何か」を耳で特定することです。ここは経験の量がそのまま差になる部分で、記事を読んで一日で身につくものではありません。
| 状況 | おすすめ | 理由 |
|---|---|---|
| 練習用・友人に聴かせる程度 | 自分でやる | 失敗しても学びになる。時間はかかるが確実に上達する |
| 投稿予定があり、期限が近い | 依頼する | 試行錯誤の時間が読めない。締切がある作業には向かない |
| 同じところで3日以上止まっている | 依頼する | 耳が慣れきっている可能性が高い。第三者の耳が必要 |
| MIXそのものを学びたい | 自分でやる+添削 | 完成品を渡されるより、直した箇所を聞くほうが早い |
費用感については歌ってみたMIXの料金相場、依頼先の選び方はMIX師の選び方と自分でやるか依頼するかの比較にまとめています。
「なんとなく良くしてください」より、この記事で分かった症状を言葉にして伝えるほうが、仕上がりが確実に近づきます。そのままコピーして使えるテンプレートを置いておきます。
ファイルの受け渡し方法はMIX素材の渡し方を、実際にどのくらい変わるのかはMIX前後のビフォーアフターをご覧ください。
埋もれの正体が音量ではなく周波数の重なりだからです。ボーカルと伴奏が同じ帯域に密集していると、音量を上げても「うるさくなるだけで、聞き取りやすくはならない」という状態になります。この場合はボーカルを上げるのではなく、伴奏側の同じ帯域を少し下げるほうが効きます(第8章)。
出発点としては、サビでボーカルのピークが -6dBFS 前後、オケが -9〜-12dBFS 前後(差にして3〜6dBボーカルが上)という位置が扱いやすいです。ただしダウンロードしたオケの音圧は音源ごとに大きく違うため、この数値は「最初にフェーダーを置く位置」であって正解ではありません。また、音量バランスはEQとコンプをかけたあとに決めてください。先に決めると、処理をかけた瞬間に崩れます。数値の目安・耳で合わせる6ステップ・ジャンル別の目安は 歌ってみたの音量バランス|オケとボーカルの比率の目安と6ステップ にまとめています。
多くの場合200〜500Hzのどこかです。ただし何Hzかは声質と曲で変わるので、第3章のスイープ手順で毎回探してください。「いつも300Hzを削る」という固定運用は、削らなくていい声まで痩せさせます。
ある程度は良くなりますが、それだけでは足りないことが多いです。抜けの悪さの原因がこもりにある場合、上を足すより下の濁りを取るほうが自然に抜けます。 高域を足すのは仕上げの一手と考えてください。
ある程度は改善できますが、完全には戻りません。MIXでできるのは残っている成分を持ち上げることだけで、録音の時点で失われた高域を作り出すことはできません。無理に持ち上げるとノイズや部屋鳴りも一緒に大きくなります。録り直しが可能なら、そのほうが確実に早いです。
歌は音量差の大きいパートだからです。大きい部分を抑えたうえで全体を持ち上げると、小さい部分も伴奏の上に出てきます。結果として「常に聞こえる」状態になります(第6章)。
量ではなくプリディレイと高域が原因のことがあります。プリディレイを20〜40msに離し、リバーブ側にローカットとハイカットを入れてみてください(第7章)。
補正の量が強すぎると、声の自然な揺れ(ビブラートや微妙な音程変化)まで平坦になり、生気のない音に感じられることがあります。これは「こもり」とは別の現象ですが、印象として似ています。自然に聞こえるピッチ補正を参考に、補正量を見直してください。
改善はできますが、素材の限界は超えられません。プロのMIXでできるのは、素材が持っている良さを最大限引き出すことです。まずは現状の音源を聴いてもらい、「録り直したほうが早いか、このままMIXで詰められるか」を判断してもらうのが確実です。
迷ったらこの順番です。① ノイズ処理 → ② ローカット → ③ こもりのカット → ④ コンプ → ⑤ 明瞭度のEQ → ⑥ ディエッサー → ⑦ リバーブ。基礎的な流れは歌ってみたMIXの基本にまとめています。
ここまでの内容は、どれも特別なプラグインを必要としません。DAWの標準EQ・コンプ・リバーブだけで実行できます。まずは第2章のソロ再生から始めてみてください。
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