気持ちよく歌えた。ところが再生してみると、サビだけ「ビリビリ」と割れている。——これが音割れ(クリッピング)です。
この記事を最初に書いておくべき理由が、ひとつあります。音割れは、MIXでほぼ直せない、数少ない不具合だからです。
ノイズは減らせます。こもりも直せます。ピッチもタイミングも直せます。ですが音割れだけは、後から元には戻りません。失われた波形が、そもそもファイルの中に存在していないためです。
逆に言えば、録音前の30秒で完全に防げる問題でもあります。この記事では、どこで割れたのかを切り分ける方法、ゲインの適正値、そして「もう割れてしまった音源」に対して現実的にできることを、実務の目線でまとめます。
デジタル録音には、記録できる音の大きさに絶対的な上限があります。この上限を 0dBFS と呼びます。
音の波形は、山と谷を繰り返しながら上下します。その山の頂点が0dBFSを超えると、超えた部分は記録されず、天井で平らに切り取られます。この「切り取られる」ことを、クリッピング(clipping、=切り取り)といいます。
波形を拡大すると、はっきり見えます。本来なめらかな山であるべき場所が、定規で線を引いたように真横に潰れている。これが音割れした波形です。
そして、切り取られた平らな部分は、耳には「ジリジリ」「ビリビリ」という金属的な歪みとして聞こえます。もとの声に含まれていなかった高い成分が、切り取りによって新しく生まれてしまうためです。
| タイプ | どこで起きるか | 聴こえ方 | 救済の可能性 |
|---|---|---|---|
| デジタルクリップ | DAWへの記録段階(0dBFS超過) | ジリジリと硬い。不快感が強い | △ 短ければ一部救済可 |
| アナログ歪み | マイク本体/マイクプリ(ゲイン回路) | もこもこ・ざらつく。太くなることも | ✕ 救済不可 |
実務でやっかいなのは、後者のアナログ歪みのほうです。DAWのメーターは赤くなっていないのに、音は明らかに歪んでいる。この場合、原因はパソコンに入る前——マイクかオーディオインターフェースの側にあります。第3章で切り分けます。
「ノイズは消せるのに、なぜ音割れは消せないんですか」——これは本当によくいただく質問です。理由は、歌と歪みが同じ場所にあるかどうかの違いです。
| ノイズ | 音割れ | |
|---|---|---|
| 正体 | 歌以外の音が混ざっている | 歌そのものの波形が壊れている |
| 例 | エアコン、PCファン、リップノイズ | サビの「ビリビリ」 |
| 歌との関係 | 別々の成分として存在する | 歌と一体化していて分離できない |
| 処理の考え方 | ノイズの成分だけを見つけて減らす | 失われた波形を推測して描き足すしかない |
| MIXでの対応 | ◎ 実用上ほぼ問題なくできる | △ 短い箇所のみ、限定的に |
ノイズ除去は「余計なものを取り除く」処理です。音割れの修復は「無いものを作り出す」処理です。この差は決定的で、どんな高価なプラグインを使っても埋まりません。
ノイズ側の対処については 宅録のノイズを減らす方法 にまとめています。あわせて ブレス・息継ぎノイズの処理 もご覧ください。
「音割れ=ゲインの上げすぎ」と説明されることが多いのですが、正確には割れる場所が4つあります。そして場所によって、直し方がまったく変わります。
| # | 割れる場所 | 原因 | 見分け方 | 対処 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | マイク本体 | 音圧が大きすぎてカプセルが耐えられない | ゲインを最小にしても歪む | マイクから離れる/PADを入れる |
| 2 | マイクプリ(ゲイン回路) | ゲインつまみの上げすぎ | インターフェースのPEAK/CLIPランプが赤く点灯 | ゲインを下げる(最頻) |
| 3 | DAWの入力段 | 入力トラックのフェーダーやゲインが上がっている | 録音メーターが0dBに張り付く | トラックの入力ゲインを下げる |
| 4 | 書き出し(バウンス) | マスターの合計が0dBFSを超えている | DAW内では平気なのに書き出したファイルだけ割れる | マスターを下げる/リミッターを置く |
ゲインつまみは「音を大きくするつまみ」ではなく、「マイクからの弱い信号を、扱える大きさまで持ち上げるつまみ」です。持ち上げすぎれば、当然あふれます。
では、どこまで持ち上げるのが正解か。いちばん大きく歌う箇所のピークで判断します。
| 録音時のピーク | 評価 | 実際どうなるか |
|---|---|---|
| 0dBFS に到達 | ✕ アウト | 音割れ。データが失われている |
| -3dBFS 前後 | △ 危険 | 本番のテンションで簡単に超える |
| -12 〜 -6dBFS | ◎ 推奨 | 余裕があり、音質も十分 |
| -18dBFS 前後 | ○ 安全 | 24bitならまったく問題なし。むしろ推奨する人も多い |
| -30dBFS 以下 | △ 小さすぎ | ノイズが相対的に目立ちはじめる |
ここで多くの方が誤解しています。「大きく録ったほうが音がいい」というのは、カセットテープ時代の常識です。
24bitのデジタル録音では、記録できる音の幅(ダイナミックレンジ)が理論上およそ144dBあります。-18dBFSで録ろうが-6dBFSで録ろうが、聴いて分かる差は生まれません。一方で、割れたら終わりです。大きく録るメリットは無く、リスクだけがある。これが結論です。
| マイクの種類 | 感度 | ゲインの目安 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| コンデンサーマイク | 高い(小さな音も拾う) | 9時〜11時あたり | 上げすぎ注意。歌唱には多くの場合これで足りる |
| ダイナミックマイク | 低い | 12時〜2時あたり | 上げないと小さい。ノイズも一緒に上がる |
| USBマイク | 機種による | 本体つまみを中央から調整 | OS側の入力音量も要確認(二重で上がりがち) |
この数値はあくまで目安です。マイクの感度、声量、マイクとの距離で大きく変わります。必ず自分の声で、いちばん大きい箇所を歌って決めてください。マイク選びそのものについては 歌ってみた用マイクの選び方、インターフェース選びは オーディオインターフェースは必要?選び方 をご覧ください。
dBFS(デシベル・フルスケール)は、「上限からどれだけ下にいるか」を表す数字です。0が上限で、マイナスの数字が大きいほど小さい音になります。
| 表示 | 意味 | 感覚的な理解 |
|---|---|---|
| 0dBFS | 記録できる上限 | コップの縁 |
| -6dBFS | 上限の約1/2の振幅 | 縁まであと少し |
| -12dBFS | 上限の約1/4の振幅 | ちょうどよい余裕 |
| -18dBFS | 上限の約1/8の振幅 | かなり安全 |
DAWのメーターには、ピーク(瞬間の最大値)と RMS/平均(体感的な大きさ)の2種類が表示されることがあります。音割れの判断に使うのは、必ずピークのほうです。
歌声は、平均に対してピークが飛び抜けやすい音です。「サ」「タ」「パ」などの子音の立ち上がりや、ロングトーンの頭で、平均より10dB以上跳ね上がることは珍しくありません。平均を基準にゲインを決めると、この瞬間だけ天井を超えます。
近年、32bit float という録音フォーマットに対応した機材が増え、「これで録れば音割れしない」と言われるようになりました。
結論から言うと、半分は本当で、半分は誤解です。
| 割れる場所 | 32bit floatで防げるか | 理由 |
|---|---|---|
| マイク本体の歪み | ✕ 防げない | マイクが歪んだ音を、そのまま忠実に記録するだけ |
| マイクプリ(ゲイン回路)の歪み | ✕ 防げない | アナログ段で発生した歪みは、録音形式と無関係 |
| DAWへの記録段階の桁あふれ | ◎ 防げる | 数値の表現範囲が広く、0dBFSを超えても値を保持できる |
| DAW内部の計算での桁あふれ | ◎ 防げる | 途中で超えても、最終段で下げれば戻せる |
つまり、32bit floatが守ってくれるのは「パソコンに入ったあと」だけです。マイクとオーディオインターフェースのゲイン設定は、これまでどおり必要です。
それでも、32bit float対応機材の価値は小さくありません。「ゲインを控えめにしておけば、あとから安全に持ち上げられる」という保険が効くからです。使い方としては、「攻めるための機能」ではなく「引くための機能」と捉えるのが正解です。
波形は天井に達していない。メーターも赤くならない。それなのに歪んで聞こえる。この場合、原因は録音以外にあります。
| ケース | 症状の特徴 | 確認方法 | 対処 |
|---|---|---|---|
| 吹かれ(ポップノイズ) | 「パ」「バ」行で「ボフッ」と低く潰れる | 波形の低域だけが大きく膨らんでいる | ポップガード+マイクから15〜20cm離れる |
| 再生側の限界 | スマホのスピーカーやイヤホンでだけ割れる | 別のイヤホンで聴くと割れていない | 録音は正常。再生音量を下げる |
| プラグイン内部の歪み | プラグインを挿してから歪みだした | プラグインを全部バイパスすると消える | プラグイン前後のレベルを下げる |
切り分けの順番はこうです。まず別のイヤホンで聴く。次にプラグインを全部外して聴く。この2つで消えたなら、録音そのものは無事です。
なお、「歪んで聞こえる」のではなく「こもって聞こえる」場合は別の問題です。声が埋もれる・こもる原因と直し方 をご覧ください。サ行が耳に刺さる 場合も、音割れとは原因が異なります。
「Aメロは問題ないのに、サビだけ割れる」——これは非常に多いパターンです。原因ははっきりしています。ゲインをAメロで合わせているからです。
歌は、静かなAメロと全力のサビで、音量が10〜20dB変わることがあります。Aメロで-12dBFSにぴったり合わせたら、サビでは当然0dBFSを突き抜けます。
| やり方 | 難易度 | 効果 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| サビでレベル合わせをする | 易 | ◎ これだけで大半は解決 | 実際に全力で歌って合わせること |
| サビでマイクから少し離れる | 易 | ○ 3〜5cmで体感が変わる | 音色も変わるので録り分け感が出る |
| サビだけ別テイクで録る | 中 | ◎ 確実 | つなぎ目の処理が必要 |
| 録音時にコンプレッサーをかける | 難 | △ | 失敗すると戻せない。初心者は非推奨 |
逆に「声が小さすぎる」ほうで悩んでいる方は 声量がない・小さいと言われる人へ をご覧ください。
ここからは、すでに録れてしまったものへの対処です。正直にお伝えします。完全には戻りません。ただし、範囲によっては実用上わからないところまで持っていけます。
| 割れの程度 | 救済の見込み | 実際の対応 |
|---|---|---|
| 単発・0.1秒未満が数箇所 | ◎ ほぼ分からなくできる | ディクリップ+前後のレベル調整 |
| フレーズ単位(1〜2秒) | △ 軽減はできる | ディクリップ+高域の整え。ただし痕跡は残る |
| サビ全体が割れている | ✕ 実用的でない | その部分の録り直しを推奨 |
| マイクプリ側で歪んでいる | ✕ 不可 | 録り直し以外にない |
「音割れ修復」をうたうツールは、切り取られて平らになった部分の前後の波形から、本来あったはずの山の形を推測して描き足しています。
この処理は、短い区間ならよく効きます。前後に十分な手がかりがあるためです。逆に、長く割れ続けている区間では手がかりが足りず、不自然にふくらんだ、こもった音になりがちです。
ここまでの内容を、録音前に実行できる形にまとめます。この30秒で、音割れは事実上ゼロにできます。
③がすべてです。Aメロで確認しても意味がありません。全力で歌ったときの数字だけが、本番で通用する数字です。
録音環境そのものを整えたい方は 歌ってみたの録音のやり方 完全ガイド、部屋の反響が気になる方は 宅録の部屋の反響対策 をご覧ください。スマホで録っている方は スマホだけで歌ってみたを録る方法と限界 に、機種ごとの注意点をまとめています。
| 状況 | おすすめの選択 | 理由 |
|---|---|---|
| まだ録音していない | 第10章のチェックを実行 | 30秒で完全に防げる |
| 数箇所だけ軽く割れている | そのまま依頼してOK | ディクリップで実用上わからなくなる |
| 割れているか判断がつかない | 依頼前に相談する | 録り直しの要否がその場で分かる |
| サビ全体が割れている | その部分だけ録り直す | 編集より速く、確実に自然 |
| ゲインを下げても歪む | 機材側の点検 | マイクかケーブルの不具合の可能性 |
いちばん避けたいのは、「たぶん大丈夫だろう」でMIXに進んでしまうことです。MIXの後半まで作業が進んでから音割れが判明すると、録り直し・作業のやり直しで、結局いちばん時間がかかります。
YOUMIXでは、ご依頼前の段階で音源を確認させていただくことができます。「これは使えますか」の一言で構いません。録り直しが必要かどうかを、作業を始める前にお伝えします。MIX依頼時の音源の準備・書き出し設定 と MIX依頼の例文テンプレート もあわせてご覧ください。
A. 原則として直りません。切り取られた部分のデータが、ファイルの中に存在していないためです。ディクリップで「それらしく」補うことはできますが、元に戻るわけではありません。単発の短い箇所なら実用上わからない仕上がりにできますが、サビ全体が割れている音源は録り直しをおすすめしています。
A. いちばん大きく歌う箇所のピークで -12〜-6dBFS です。平均ではなくピークで見てください。24bitで録っていれば -18dBFS程度でもまったく問題ありません。小さめに録るほうが安全です。
A. DAWに記録する段階の桁あふれだけが防げます。マイク本体やマイクプリ(ゲインつまみの回路)で歪んだ場合は、その歪んだ音がそのまま記録されます。ゲイン設定を省略してよい理由にはなりません。
A. ①吹かれ(マイクが近すぎる)②再生側のイヤホンやスピーカーの限界 ③プラグイン内部の歪み——のいずれかです。まず別のイヤホンで聴き、次にプラグインを全部外してください(第7章)。
A. ゲイン合わせをAメロでやっているためです。必ずサビを全力で歌って合わせてください。それでも収まらなければ、サビだけマイクから3〜5cm離れる、別テイクで録る、という順で対応します。
A. ノイズは歌以外の音が混ざっている状態で、後から減らせます。音割れは歌そのものの波形が壊れている状態で、分離できないため減らせません。
A. まず何秒ぶん割れているかを確認してください。単発が数箇所なら救済できることが多く、フレーズ単位なら差し替えが自然です。判断に迷う場合は、ご依頼前にご相談いただければ確認します。
この記事で覚えていただきたいのは、3つだけです。
音割れは、数ある録音トラブルのなかで、唯一「事前にしか対処できない」問題です。裏を返せば、録音前の30秒を守るだけで、この問題は一生発生しません。
そして、もし今すでに割れてしまった音源をお持ちなら——捨てる前に、一度見せてください。思っているより救えることも、正直に「録り直しが早いです」とお伝えすることも、どちらもあります。
録音の流れ全体は 歌ってみたの録音ガイド、MIX依頼の進め方は MIX依頼の流れ完全ガイド にまとめています。用語で分からないものがあれば 歌ってみた用語辞典 をご覧ください。
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