自分でMIXをしていて、いちばん最初に手が止まるのがここです。「オケとボーカル、どっちをどれくらいの音量にすればいいのか分からない」。
ボーカルを上げるとカラオケっぽくなる。下げるとオケに埋もれる。行ったり来たりしているうちに耳が慣れて、何が正しいのか分からなくなる——これは初心者だけの悩みではなく、経験者でも毎回やっていることです。
この記事では、まず数値としての目安をはっきり出します。そのうえで、数値だけでは決まらない理由と、耳で合わせるための具体的な6ステップを順番に説明します。最後に、よくある失敗と「音量を上げても埋もれる」ときの原因の切り分け方までまとめました。
先に数字を出します。これは正解ではなく、最初にフェーダーを置く位置です。
| 項目 | 目安の値 | 意味 |
|---|---|---|
| ボーカルのピーク | -6dBFS 前後 | サビのいちばん大きいところで、この辺に収まる |
| オケのピーク | -9〜-12dBFS 前後 | ボーカルより3〜6dB下げた位置 |
| 2つを混ぜた合計 | -3dBFS 以下 | 足し算で音量は上がるので、赤ランプが点かないこと |
| 書き出し(配信向け) | -14〜-9 LUFS | YouTube・Spotifyの基準に合わせた範囲 |
| トゥルーピーク | -1dBTP 以下 | 圧縮変換したときの歪みを防ぐ |
dBFS(デシベル・フルスケール)は、デジタルで扱える最大音量を 0 として、そこからどれだけ下かを表す数字です。0を超えると音が割れます。マイナスの値なので、-6より-12のほうが小さい音、という読み方になります。
LUFS(ラウドネス)は、人の耳が感じる音の大きさを平均で表した数字です。ピークが同じでも、詰まっている曲とスカスカな曲では聞こえる大きさが違うため、この指標が使われます。詳しくは 配信で埋もれない音圧の話【-14 LUFSとラウドネスの基礎】 にまとめています。
ここまで数字を出しておいて申し訳ないのですが、この数値をそのまま当てはめても、うまくいかないことがよくあります。理由はひとつです。
ダウンロードしてきたオフボーカル音源の音圧が、曲によってバラバラだからです。
同じ「-10dBFS」でも、すでに強く音圧を上げてあるオケと、余裕を残したオケでは、聞こえる大きさが2倍近く違います。前者に合わせてボーカルを置くと、ボーカルだけが痩せて聞こえます。
| オケの状態 | 見分け方 | やるべきこと |
|---|---|---|
| 音圧が高い | 波形が四角い板のように見える | オケを -6dB 程度下げてから作業を始める |
| 標準的 | 波形に山と谷がはっきりある | そのまま目安どおりで進めてよい |
| 音量が小さい | 波形が細く、ピークが-15dBより下 | オケを上げるのではなく、最後に全体で上げる |
だから正しい手順は、「数値に合わせる」ではなく「数値の位置に一度置いてから、耳で動かす」です。次の6ステップがその手順になります。
なお、そもそもオフボーカル音源をどこから入手するかについては 歌ってみたのオフボーカル音源はどこで手に入る? と 2MIXとインスト(オフボーカル)の違い で解説しています。
音量バランスは、いちばん最後ではなく「処理のあと」に決めます。これを逆にしている人が本当に多いです。
EQで低音を削ればボーカルは小さく聞こえます。コンプで音量の谷を持ち上げれば、ピークが同じでも大きく聞こえます。つまり処理をかけた瞬間に、それまで合わせたバランスは全部ずれます。
各工程の中身は 歌ってみたのMIXとは?依頼前に知っておきたい基礎 にまとめています。ノイズ処理は ノイズ除去の基本 と ブレス・リップノイズの処理 を参照してください。
音量バランスは、曲でいちばん情報量が多いところ=サビで決めます。
Aメロで気持ちよく聞こえる位置に合わせると、サビでオケの楽器が増えた瞬間にボーカルが消えます。逆にサビで合わせておけば、Aメロは多少ボーカルが大きくても不自然にはなりません。
| 曲の場所 | 基準からの補正 | 理由 |
|---|---|---|
| Aメロ | -1〜-2dB | オケが薄いので、そのままだと大きすぎる |
| Bメロ | ±0dB | 基準のまま |
| サビ | 基準(ここで決める) | いちばん埋もれやすい場所 |
| ラスサビ | +0.5〜1dB | 楽器がさらに増えるため |
| 落ちサビ・アカペラ部 | -2〜-3dB | オケが消えるので相対的に大きくなる |
この補正は、フェーダーを部分的に書く(オートメーション)ことで行います。難しければ、まずはサビ基準のひとつの音量で通してしまって構いません。それでも十分聞ける状態にはなります。
これがいちばん効きます。大音量では、多少バランスが崩れていても脳が補正して「聞こえている」と判断してしまいます。
スピーカーやヘッドホンの音量を、会話が普通にできるくらいまで下げてください。その状態で歌詞が聞き取れるなら、バランスはほぼ合っています。聞き取れないなら、ボーカルが足りません。
歌ってみたを聞く人の多くは、スマホのスピーカーか、数千円のイヤホンで聞いています。制作用のヘッドホンだけで判断すると、この環境で崩れます。
| 再生環境 | 起きること | チェックすべき点 |
|---|---|---|
| スマホ内蔵 | 低音がほぼ出ない | ボーカルが浮きすぎていないか |
| 安いイヤホン | 低音と高音が持ち上がる | サ行が刺さっていないか |
| ノートPC | 中域だけが出る | 歌詞が聞き取れるか |
| 制作用ヘッドホン | 全部聞こえる | ノイズ・不自然な処理がないか |
3つ以上の環境で「歌詞が聞き取れる」なら合格です。すべての環境で完璧にするのは不可能なので、そこは狙わないでください。サ行が刺さる問題は サ行が刺さる(歯擦音)の抑え方 で扱っています。
DAWのマスターにモノラル化のボタンがあれば、押して聞いてみてください。左右に散らしていた音が真ん中に集まるので、ボーカルとぶつかっている楽器がはっきり分かります。
モノラルで歌詞が聞き取れれば、ステレオでは確実に聞き取れます。逆にモノラルで埋もれるなら、それはステレオでも危ない状態です。SNSの動画や一部のスピーカーは、いまでもモノラルで再生されることがあります。
地味ですが、これが最後の砦です。作業当日の耳は、必ずどこかに偏っています。
翌日に聞いて違和感がなければ完成です。違和感があったら、直すのは1箇所だけにしてください。あちこち触り始めると、また当日の耳に戻ってしまいます。
「ボーカルを立てる度合い」は、曲のジャンルによって変わります。あくまで傾向ですが、迷ったときの指針になります。
| ジャンル | ボーカルの立て方 | ポイント |
|---|---|---|
| バラード | 強め(+5〜6dB) | 歌詞と表現が主役。息づかいまで聞かせる |
| ボカロ・高速曲 | やや強め(+4〜5dB) | 言葉数が多いので、埋もれると何も伝わらない |
| ロック・バンド | 控えめ(+2〜3dB) | オケと一体で「バンドの中の声」に |
| アイドル系・EDM | 中間(+3〜4dB) | 音圧が高いオケが多いので、まずオケを下げる |
| アコースティック | 強め(+5dB) | 楽器数が少ないので自然に立つ |
| 合唱・多人数コラボ | 個別に調整 | 全員均一ではなく、パートごとに前後を作る |
多人数の場合は音量だけで解決しません。大人数の歌ってみた(合唱・コラボ)のMIX と コラボ企画の進め方 を参照してください。ジャンル別の音作りは ジャンル別MIXの考え方 にもまとめています。
DAWの「ノーマライズ」は、いちばん大きい一瞬を基準に全体を持ち上げるだけの機能です。ピークが揃っても、聞こえる大きさは揃いません。
ひとつだけ大きい「バンッ」という音が入っていると、そこが基準になって、それ以外が全部小さいままになります。音量バランスをノーマライズで決めるのは、ほぼ確実に失敗します。
MIXで直せない唯一の音量問題がこれです。録音時に小さすぎた声を持ち上げると、一緒にノイズも持ち上がります。逆に録音時に0dBを超えて割れた音は、あとから元に戻せません。
録音時のピークは-12〜-6dBFSを狙ってください。詳しくは 録音で音が割れる(クリップ)原因と対策 と 歌ってみたの録音のやり方 にまとめています。
大音量では低音と高音が強調されて聞こえる(等ラウドネス曲線)ため、その状態で合わせたバランスは、普通の音量で聞くと低音と高音が足りない音になります。ステップ3の小音量チェックが効くのはこのためです。
ボーカルが大きすぎると感じたとき、オケを上げるのではなくボーカルを下げてください。足していくと最終的に音が割れます。
MIXは「引き算」で進めるのが原則です。全体の音量が足りない分は、いちばん最後にまとめて上げます。
マスターにリミッターやマキシマイザーを挿したあとにフェーダーを触ると、リミッターの効き方が変わるので、動かした量と結果が一致しません。音量バランスを直すときは、必ず仕上げの処理を一度オフにしてください。
ボーカルを上げても輪郭が出ず、うるさくなるだけ——この状態になったら、それは音量ではなく別の原因です。切り分け表を用意しました。
| 症状 | 本当の原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 上げるとうるさいが、下げると消える | 帯域のぶつかり(200〜500Hz) | オケ側の中低域を少し削る |
| 音は聞こえるが歌詞が分からない | 2〜4kHzの不足 | ボーカルの2〜4kHzを軽く持ち上げる |
| 音量が上下して落ち着かない | ダイナミクスが広すぎる | コンプで谷を持ち上げる |
| 声が奥に引っ込んでいる | リバーブのかけすぎ | リバーブを減らす/短くする |
| こもって前に出てこない | 低域の溜まり | 100Hz以下をカット |
| マイクが遠い録音 | 録音そのもの | 録り直しが最短 |
それぞれの詳しい直し方は 歌ってみたで声が埋もれる・こもる原因と直し方 にまとめてあります。EQとリバーブの基本は リバーブの使い方ガイド を参照してください。
録音そのものの声量が足りない場合は、MIXでの持ち上げには限界があります。その線引きは 声量がない・小さいと言われる人へ で表にしています。
正直に線を引きます。音量バランスは、MIXの中でいちばん自分でやりやすい工程です。フェーダーを動かすだけで結果が変わるので、練習の効果も出やすいところです。
| 状況 | おすすめ | 理由 |
|---|---|---|
| 練習用・記録用に出す | 自分でやる | この記事の6ステップで十分聞ける |
| MIXを覚えたい | 自分でやる | ここが分かると他の工程も分かる |
| 初投稿で、印象を大事にしたい | 依頼を検討 | 1本目の音質は残り続ける |
| 公開日が決まっている | 依頼を検討 | やり直しの時間が読めない |
| 6ステップを試したが埋もれが直らない | 依頼を検討 | 音量以外の原因の可能性が高い |
| 合唱・多人数コラボ | 依頼を検討 | 音量調整だけでは成立しない |
費用の目安は 歌ってみたMIXの料金は7,000円から|明朗価格と内訳、無料でどこまでやれるかは 歌ってみたのMIXは無料でできる?、自分でやるか依頼するかの判断は 自分でMIXする?依頼する? にまとめています。
ここは誤解が多いところなので、はっきり書きます。
MIXを依頼するときは、音量を調整したデータではなく、録音したままのデータ(ドライ音源)を送ってください。
理由は、音量バランスがEQやコンプと一体で決まるものだからです。先に音量を触ったデータを渡されると、こちらはそれを一度元に戻す作業から始めることになり、その過程で音質が落ちます。
| 送るもの | 正しい状態 |
|---|---|
| ボーカル | エフェクト・音量調整なし・24bit / 48kHz の WAV |
| ハモリ・コーラス | パートごとに別ファイル |
| オケ | ダウンロードしたそのまま(トリミングしない) |
| 頭出し | 全ファイルを同じ位置(0秒)から書き出す |
ファイルの準備は MIX依頼前の下準備チェックリスト、命名ルールは MIX依頼のファイル名の付け方、渡し方は 音源ファイルの渡し方 を参照してください。依頼文の書き方は MIX依頼の文例テンプレート にそのまま使える形で置いてあります。
A. 固定の正解値はありません。出発点としては、サビでボーカルのピークが-6dBFS前後、オケが-9〜-12dBFS前後、差でいうと3〜6dBボーカルが上、という位置が扱いやすいです。ただしオケの音圧は音源によって大きく違うため、この数値は「最初に置く位置」であって、最後は必ず耳で決めます。
A. EQとコンプをかけたあとです。処理の前に決めたバランスは、処理をかけた瞬間に崩れます。ステップ1の順番表のとおりに進めてください。
A. -14〜-9 LUFS の範囲に収めておけば大きく外しません。YouTubeやSpotifyは-14 LUFS前後で音量を揃えるため、それ以上に上げても再生時に下げられるだけです。トゥルーピークは-1dBTP以下にしてください。
A. 正常な現象です。スマホのスピーカーは低音がほとんど出ないため、低音に隠れていたボーカルが相対的に大きく聞こえます。ステップ3(小音量)とステップ4(スマホ確認)を必ず入れてください。
A. できますが、おすすめしません。加工していない録音データをそのまま渡すほうが、結果的に良い仕上がりになります。理由は前の章のとおりです。
A. 違います。ほぼ全員が最初はうまくいきません。音量バランスは耳の記憶が育つほど早くなる作業で、5曲もやれば感覚がつかめてきます。それまでは、この記事の数値をそのまま使って構いません。MIXでどこまで変わるかは 歌が下手でもMIXで上手く聞こえる? で境界線を整理しています。
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